愛のかけ違い

東京は桜の花も5分咲きで、4月がスタート。新学期、入学、入社、期始、日記も4月始まりのものを使い始めて・・・と世間は、騒がしい時期でございます。

かく言う私も、昨夜は、5年前の教え子家族と食事をしていました。

当時、教え子の彼女は公立中学3年生。うまくいかない学校の友達がいて、先生を嫌い、国語の成績が著しく悪いので見て欲しい、という要望で3ヶ月間家庭教師をしました。

そのあと、彼女はお父さんの転勤でシンガポールに渡り、シンガポール早稲田に合格。家族が帰国後も寮生活をしながら残り、大学は早稲田大学の社会学部に入学。そして、この4月、4年生になるのですが、東チモールの国立大学に1年間留学するというので、じゃあ話をしがてら出発祝いをしようと、ホームパーティーにあいなった次第でした。

東チモールといえば、私が知ったのは大学在学中で、サンタクルス事件という虐殺事件がおき、独立運動が激しかった時期でした。
その後、植民地宗主国ポルトガル、インドネシア、国連との間で喧々諤々の三つ巴の中、独立した・・・というところまでで私の中ではストップしていました。
彼女は大学入学後何度も東チモールに旅行に行っているという。フェイスブックでも現地の人とすでに繋がっているらしい。とはいうものの、留学するとはどんなキッカケで?と興味は募りに募ったわけです。

で、なんで東チモール?という質問に対する答えなのですが、約2時間話を聞いて私が理解したキーワードは「独立」。
自国のエアラインもなく、流通通貨はドル、出る資源は採算ラインが見えない天然ガスのみ。
しいていえば、手付かずの自然が唯一の観光資源という東チモール。この国が、どうやって独立国としてやっていくのか、ちょうど選挙の年であるこの1年、留学して肌で感じてみたい。そういうことらしいのです。

思い返せば、彼女が中学3年生のときには、国語の勉強どころではありませんでした。
心配なお母さんのやることなすことに対して反発するもんだから、お母さんもどうしていいかわからない。
お母さんとしては、困らないように、困らないようにと先手を打とうとするのだけれど、娘にはうけいれてもらえずそれが裏目裏目に出てしまう。

そんな状況の中学生を、私は、塾講師、家庭教師で散々みてきていたもので、「国語力をつけて」というお母さんの要望に「小論文指導」で答えることにしました。

何を最初にやったかというと、「自分用の本棚をつくって、本屋に行って好きな本を毎週10冊買ってきて」というもの。ただし、新書に限る。

彼女は、こっちが驚くような、テーマの本を次々と買ってきました。恋愛、人生の目的、国際紛争、学校とは何か・・・今思えば、社会学的なテーマです。

片っ端から乱読してもらい、興味がわいたところ、発見したところを語ってもらい、それを小論文にしてもらいました。

思えば、彼女にとって、その作業が自己の独立、つまり自立心につながっていったのでしょう。

その後の彼女は、前述の通りです。

心配を押し付けるのは、親のエゴ。
親のエゴでないその子のゴールを、「あなたならできる」って応援するのが、21世紀の愛なのです。