来年のセミナー予告

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南青山の事務所からの眺め。とっても静か。私は、年末年始の、この、静かな東京も大好きです。

10月から始まった「ゴールセッティングプラクティス」は、趣味、仕事と、それぞれの分野について、より詳しくゴールセッティングのポイントを説明してきました。
次回、はファイナンスをとりあげる予定です。

「コーチングでゴールをたくさん立てるのはいいけど、ファイナンスはどうなるの?」

そんな疑問に、正面からお応えします。
メルマガ登録いただいた方には、一足お先に募集をしております。
まだの方は、ぜひ、ご登録ください。

それでは、ぜひ、来年も、お楽しみに!

俺の趣味 その6 楽器

俺の趣味 その6 楽器

   
   

趣味のゴールセッティングは、現代日本人のライフコーチングにおいて、最重要課題です。
というわけで、「俺の趣味」その6「楽器」です。

楽器を趣味にするといい理由は、あげればキリがないのですが、
コーチングという視点からいくと、
そのゴール設定にあります。

「こんな音がだしたい」
「こんな曲を弾きたい」

これって、言語化できないわけです。

その音を出すしかない。
でも、イメージはできているんだけど、なかなか出ない。

これを、無我夢中でやっているときが、いいんです。

アファメーションは言語化しますが、
ゴールは言語化しきれません。

ゴールは、ある臨場感世界の、イメージだからです。
この、「イメージ」をもって、そこに向かう、というのに、音楽は、うってつけなのです。

6回にわたって、「趣味」をとりあげましたが、今回は、一応最終回です。まだまだとりあげたいものがあるのですが、また次の機会に!

1周年記念&クリスマス特別記事「家庭のゴール設定」

おかげさまで、このホームページもリニューアルしてちょうど1周年を迎えました。
ありがとうございます!

今回は、敬人ホームページ一周年記念&クリスマス特別記事です。

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個人セッションやアファメーション作成のセミナーをやると、皆さん、「家庭」分野はすらすらと書き出します。

しかし、「家庭」のゴール設定は、たいてい間違っています。

ライフコーチングにおいては、

「仕事」
「趣味」
「健康」
「ファイナンス」
「家庭」
「社会貢献(地域・国・世界)」
「学習」

といったテーマごとにすべての分野でゴールを立てることが大切ですが、今回のテーマは、「家庭」のゴール設定。  

まず、Aさん、Bさん、Cさんの3つの例をとりあげます。
 
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【その1】ある未婚者Aさんのアファメーションの例

「私は、背も高くハンサムで学歴も高く高収入な夫と、幸せに家庭を築いている」
 
【その2】ある既婚者Bさんのアファメーションの例

「私は、とてもやさしくて家事もいとわずやってくれ育児にも協力的な夫と、幸せな家庭を築いている」
 
【その3】お母さんCさんのアファメーションの例

「私の家庭では、私の息子は優秀なので家事手伝いもし、成績も優秀で、高校に特待生で入学し、私はとても幸せだ」

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これらは、「残念」なアファメーションです。 
現状に押しとどめ、変化を促さないアファメーションなのです。
一見アファメーションとしてきれいにまとまっているようですが、実は「アファメーション」ではないのです。

というのも、「アファメーションを書く際の11のルール」のうちのどこかに反しているからです。
ピンとこない方は、一旦このブログを読むのをやめて、ぜひ、下記の書籍を参照してください。

(参考図書)****************************
苫米地英人『言葉が人生を変えるアファメーション』フォレスト出版 P.217
苫米地英人『言葉が人生を変えるアファメーション実践ブック』フォレスト出版 P.68
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この11のルールの中で、明らかに反しているのは、
「個人的なものであること」
という項目です。

つまり、家庭のゴール設定をする際に、「恋人」「夫」「妻」「こども」「親」といった家族、つまり他人像のゴールを勝手に立ててはいけない!ということなのです。

しかし、です。

家族という他人のかかわる家庭のゴールで、個人的ってどういうこと?という疑問が生まれます。
これは、社会(地域貢献、国際貢献)のゴール設定にもいえることです。
地域貢献の場合には、地域の住民や、その団体のメンバーがおり、国際貢献の場合には、各国の国民や国家の主要人物がおります。

実は、この、「アファメーションを書く際の11のルール」の前に、「ゴール」についての大前提があるのです。

それは、

「ゴールは現状の外側に立てるべし」

というものです。
この大前提がとても重要なのです。
そして、3つの残念なアファメーション例は、すべて現状の内側にあるのです。

もちろん、例にあげた未婚者Aさんは、現状ではまだ結婚していませんから、理想の夫をイメージすることは非現状です。

既婚者Bさんにとって、きっと夫は家事手伝いをしてくれていないのでしょうから、家事手伝いをしてくれる夫は非現状です。

お母さんCさんにとって、息子は家事手伝いも勉強もろくにする気配がないので、家事手伝いをする上成績優秀な息子は非現状です。
 
問題は、3人ともに、ご本人にないもの=非現状を、他人にかぶせてアファメーションにしている点です。

相手に非現状を求めるということは、実は「本人にないものを他人に求めているだけ」の場合が多いのです。ということは、本人自身の現状は変わりません。

Aさんは、「自分が美人でもなく、学歴といえるものがなく、収入がなく、お相手もいない」から、自分にないものを相手に求めていたのです。「ない」という本人の現状は、たとえお相手にいくら付け足しても変わりません。つまり、自分のないないづくしを維持したまま他人にすりかえをしても、本心は騙すことができません。自分の足りない渇望感をアファメーションしているのと、実はいっしょなのです。結局「ない」状態を強化してしまいます。

Bさんは、「やりたくない家事を私は一人でやり私は不幸」だから、それを相手に押し付けていたのです。家事は不幸だということを維持したまますりかえをしても、本心は騙すことができません。結局、家事を生む自分の不幸をアファメーションしているのと、実はいっしょなのです。誰がやろうと「家事は不幸」という本人の気持ちの現状は変わらないのです。やってもらえばもらうほど、「申し訳ない」と思うか、相手をアッシー君ならぬカッジー君扱いすることになり、それらは、当然相手に伝わります。

Cさんは、「息子はボーとしていてどうしようもない。これじゃ、自分は将来楽できない」から息子に期待し、自分の将来の保身を図っていたのです。自分の今が嫌だということを維持したまますりかえても、本心は騙すことができません。結局「自分の今が嫌だ」をアファメーションしているのと、実はいっしょなのです。息子が勉強できようができまいが、本人の現状は、変わりません。

ここから言えることは、「アファメーションを書く際のルール11」のうち、「1 個人的であること」に従い、すべて、自分が主語であるゴールに置き換えろ!ということです。

たとえば、Aさんでしたら、「私は、美人で学ぶことに熱心で資格・学歴を上げ続けていて、収入も多く、幸せに家庭を築いている」

たとえば、Bさんでしたら、「私は、夫にとてもやさしく家事も育児も楽しくてしかたがなく、幸せな家庭を築いている」

たとえば、Cさんでしたら、「私の家庭では、私の息子が私から学べるように、私自身が今でもいろいろ学び、料理もどんどん上手になり、とても幸せだ」

このように、「私」の行動にした瞬間、現状の世界とは別の世界にジャンプします。

Aさんは、「ないない」の世界から、「あるある」の世界にジャンプしています。
Bさんは、「行動するのが不幸」である世界から、「行動することが幸せ」である世界にジャンプ。
Cさんも、「楽する世界」から「与える世界」へジャンプしています。

その結果として、なまけものから美人、頭脳明晰、趣味人へと変革が始まります。
 
これで、めでたし、めでたしといきたいところです。

しかし、お気づきの方はすでにお気づきかと思いますが、これらは、家庭のゴールではありません

Aさんは、「学習」と「仕事」あるいは「ファイナンス」「趣味」分野のゴール設定であり、
Bさんは、家事という「仕事」あるいは、料理という「趣味」分野のゴール設定であり、
Cさんは、「学習」そして料理という「仕事」あるいは「趣味」分野のゴール設定です。

では、家庭というゴール設定はどのようにすればいいのでしょうか。これが、本当のテーマです。そして、家庭のゴール設定にはとんでもないパワーを秘めているので、ぜひ、設定方法を身に付けたい分野なのです。

というのも、実は、家庭のゴールとは、「世界観」のゴール設定なのです。

言い換えれば、「家庭という世界」のイメージ設定なのです。

最初のアファメーションでは、
Aさんは、自分がそうであろうとなかろうと、「背が高く、スマートで学歴が高く、収入が高いことがすべて」という比較差別世界観をもち、

Bさんは、「育児も家事も仕事も平等にきっちり割り振ってやる」という勤労平等主義の世界観をもち、

Cさんは、「老後はこどもにたべさせてもらう」という儒教道徳世界観をもっています。

Aさん、Bさん、Cさんが不満なのは、実は、自分がいる現状世界の、こういった世界観にあるのです。いくらそれらの世界のなかで、あっちコッチ移動したところで、その世界にいるうちは不満は解消しないのです。

たとえば、
A さんは、どんな相手をみつけても、相手どころか自分の足りないところが目につき、不満はなくならないでしょう。

Bさんは、きっちり割り振ったことが自分も他人もできていないことに不満をもち、

Cさんは、いくら食べさせてもらっても食べさせてもらえなくても何かしら不満を持つでしょう。

つまり、現状の中の非現状を求めても、現状からは抜け出せないのです。

大切なのは、現状の世界とは全く違う別の世界をイメージすることです。

何のしばりも条件もつけずに、文字通り「理想の世界を夢見る」をすればいいのです。。

なんて、シンプルなんでしょう!

イメージトレーニングをしてみましょう。

たとえば、「いつもぎすぎすしていて喧嘩が絶えない世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるでしょうか。

たとえば「何もせずに、周囲の環境に頼り、貧しく、死までの時間をひたすらじっと待つ世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるでしょうか。

たとえば「封建制度が厳しい世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるでしょうか。

たとえば「すべてをなんらかの神、あるいは絶対君主にささげる世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるでしょうか。

たとえば「テレビコマーシャルに流れている世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるのでしょうか。

たとえば「金融資本主義至上世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるのでしょうか。

たとえば「カジノが認められるギャンブル世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるでしょうか。

たとえば「飢餓も戦争もない世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるのでしょうか。

たとえば「ひとりひとりが自由で自分のなりたい自分へたえず邁進している自主・自律・自尊の世界、そして共存共栄の世界」を家庭に落とし込むと、どんな家庭になるのでしょうか。
 
これでわかることは、
「世界観のすりこみ」の結果、家庭の世界は出来上がっているということです。
家庭のゴールは、家族像から描けるものではないのです。

より理想的な、より抽象度の高い世界観をもてればもてるほど、いいのです。きれいごと、理想、夢、そんな世界観ほどいいのです。

まずは、「世界観」から入るのです。理想の世界を描き切るのです!
 
ですから、最初にこの問いから入るのが正解です。

「あなたは、どんな世界がお望みですか?」

この、漠然とした問いから始めることが近道です。
 
そして、もうお分かりかと思いますが、
あなたが望む「世界観」を、「家庭」と同じように
「地球貢献」
「国家貢献」
「地域社会貢献」
に対しても、落とし込み、それぞれの世界で自分の描く世界観を実現するために自分の役割を書き込んでいけば、それぞれのゴールができあがるのです。
 
「あなたは、どんな世界がお望みですか?」

これを、漠然とでかまいません、夢のようなものでかまいません、まずは、思い浮かべてみましょう。

さて、

「ゴール設定をするのは「家庭」に対してであり、「家族」つまり他人にゴール設定をするのは間違いである。家庭のゴール設定は、まず、自分の世界観を描くことから始めよう!」

というところまで話しは進みました。
 
歴史を紐解くだけで様々な世界観を見ることができます。
織田信長は、天下布武という世界観をもって、乱世の統一を図りました。
インドには、古くからカーストという身分制度に基づくヒンドゥーの世界観があります。
中国には、道教に基づく儒教的世界観があります。
ブッダは、「縁起」に基づく世界観を私たちに残しました。
キリストは、「愛」という世界観を世に残しました。
こうした世界観は、抽象性をもつ思想であり、情報空間に存在します。
 
その世界観を、具体的に家庭に体現するとき、現状と異なれば異なるほど、凄まじいエネルギーを生みだします。

ちなみに、ここで「家庭」の簡単な定義をしておこうと思います。「家庭」とは、社会の最小単位であり、あなたが活きとし生きる物理空間、つまり生活空間です。そして、家族とは、家庭の構成者。独身のひとり暮らしであれば、ひとり家族の家庭ということになります。

この家庭という空間をつくりだす「エネルギー」は、さらに様々なものごとを生み出します。

仕事を生み出します。
趣味を生み出します。
健康を生み出します。
ファイナンスを生み出します。
地域貢献を生み出します。
国際貢献を生み出します。
学習環境を生み出します。

このエネルギーが表出した例として、私は、経済学者のポラニー家の逸話が好きです。

経済学者であったカール・ポラニーの一家は錚々たる人材を生み出します。弟のマイケル・ポラニーは物理化学者、科学哲学者、社会学者、甥のジョン・ポラニーは化学者でノーベル化学賞の受賞者、妻のイロナ・ドゥチンスカはハンガリー解放運動家、娘のカリ・ポラニー・レヴィットは経済学者でマギル大学教授、姉のラウラはブダペスト大学で初めて博士号を得た女性であり、イギリスの冒険家ジョン・スミスのトランシルヴァニアにおける逸話が事実であると証明した歴史研究で知られ、前衛的な幼稚園経営者、ラウラの娘エヴァ・ザイゼルは陶器のデザインで知られるインダストリアル・デザイナーなどなど(ウィキペディアより)。

どうして、こんな逸材が一家から生まれたのでしょうか。

「マネージメント」の生みの親であるピーター・ドラッガーが、ポラニー家の夕食に招かれる様子が、ドラッガーの著書『傍観者の時代』に驚きをもって記されています。

ドラッガーを招いたポラニー家の夕食は、なんと、ジャガイモだけ。つい、ドラッガーは「あなたのような、高給とりが、客人を招いた上、どうしてこんな粗末な夕食なのですか」といった質問します。すると、ポラニーの答えは「給与を自分たちの食料に使うなんて!そんなばかげたことができますか!」と答えたというのです。そして、食卓を囲むたくさんの家族は、平然と、いつもどおり楽しげにそれぞれの研究成果の話題に花を咲かせ、夕食をすませたというのです。要するに、社会からいただいた給与は、自由主義という彼らの世界観を実現するために、社会のために使うべきだ、そして、自分たちの衣食住は、自分たちの手で賄うべきだ、というのが彼の主張だったのです。そうして、その一家にいるものは、みな、それぞれの世界観を実現する仕事をしていきます。

これは、ヒトラーが着々と侵略を進めている第2次世界大戦前の話なのですが、世界観を家庭に反映したときに、家庭からすぐれた英知が生み出される、顕著な例だと思います。

このように、歴史を紐解くと、なぜ、こんなに、同時代に、一つの一家から、一つの地域から、一つの国から優秀な人材がうまれたのか、と驚くことがあります。答えは簡単で、ある世界観を家庭づくり・地域づくり・国づくり・世界づくりに反映させたときに生じるエネルギー、そのエネルギーの結果なのです。抽象性のある世界観から、現状とは異なる具体的な「物理空間世界」をつくるとき、そこには凄まじいエネルギーが生まれ、創造的才能が生まれるのです。

そして、その抽象性のある世界観は、やはり、ひとりひとりの人間の夢から始まります。

問題は、既存の物理空間世界にある、いわば「現状の世界」です。
この「現状の世界」に対して、「夢の世界」をもった人々はどうやって立ち向かったのでしょうか。

答えは、簡単です。

立ち向かってはいないのです。ひとりの時から、淡々と家庭をイメージし、地域をイメージし、国をイメージし、世界をイメージし、やれることをやり続けただけなのです。

これが、「イメージ」のもつエネルギーです。

もしも、あなたが今独身だとしたら、それは、大変ラッキーです。なぜなら、真っ白な状態から世界観をイメージし、そして、その世界観で家庭をイメージできるからです。家庭のイメージにもとづいて家庭をつくっていくと、そこに同調する人々が集まってきます。その中に、一生付き合う友人や、ひょっとすると伴侶があらわれるかもしれません。

もしも、すでに家庭の中に家族をもってしまっているとしたら、どうすればいいのでしょうか。

一度、「家族は、全員、いなくなった」とおもってください。これは、とても有効な方法です。

家族とはいえ、いずれ離れ離れになるのです。

親は、遅かれ早かれ先に亡くなるでしょう。

こどもはこどもで世界観をもち、いずれ離れていき、彼らの世界観に基づいて家庭を築くことになります。

友人は、30分のお茶をともにしたあと帰るかもしれないし、場合によっては数ヶ月いるかもしれません。そして、場合によっては一生ともに暮らすことになるかもしれません。血はつながらなくとも、家族です。

いずれにせよ、皆、集ってはいなくなるのです。
 
そう思って、まず、自分ひとりで世界観をつくるのです。そして、世界観を家庭に落とし込み、家庭のゴールをつくります。

大切なのは、他の家族と違う世界をイメージしたとしても、たとえば親と違う世界をイメージしたとしても、戦わないことです。そして、自分は自分の世界観をもとに、家庭をイメージし続け、実現できるところから実現していくのです。局所的に他の家族と協力してもらうところだけ協力してもらっても、何の問題もありません。

不思議なことですが、強烈に世界観をもって行動していると、まわりの人々が同調し始めます。あるいは、同調できない人は離れていきます。それで、いいのです。
大切なことは、世界観、そして家庭のイメージ、家庭のゴールです。
 
それでは、どのように家庭のゴールをつくっていったらよいのでしょうか。

あくまで、たとえとして、私の例をあげましょう。

私は、ひとりひとりの人間が、自主・自尊・自律した社会、そして共存共栄している社会というのが世界観としてあります。その世界がどんな世界なのかはっきりとはわかりませんが、家庭におきかえると、途端に鮮明になってきます。自主・自尊・自律した家庭、共存共栄している家庭です。

たとえば、家を選ぶ、建てるとします。世界観に従えば、住む地域にとけこんだ日本建築となります。そして、ハウスメーカーでなく、顔のわかる地域の工務店に頼みます。大工さん、水道屋さん、左官屋さん、電気屋さん、屋根屋さん、建具屋さん、皆それぞれが自律した、技術をもった個人ばかりです。そうやって作った家に、縁のある人が自由に出入りし、その縁のなかでそれぞれが社会的機能を見出し、発展していく。家庭の食卓にあがる食材も、食器も、衣服も、すべて縁のある人に支えられている。対価もそうした人たちに支払う。縁のある人に対しては、できる限りのことをする。友人や叔父・叔母・親戚には、「もし家庭像がどこかで合うのならば、どうぞ泊まってください。あるいは、いっしょに暮らしましょう」いつもそういう気持ちをもっている。そういう家庭像ができあがります。

この家庭像は、今から20年前、お付き合いした人と別れ、ひとりになったときに描いたものです。それから、たまたまお互いの世界像が認められる相手に出会い、いっしょに暮らし、家族も増え、少しずつ実現してきました。そして、フランスやインドの友達が出来、場合によって泊まるようになり、私たちも泊まりに行くようになりました。

自らの世界像に合致した家庭像を描く。これがエネルギーの源です。そして、実際に実現していく。実現する過程でさらにエネルギーが湧いてきます。だから、家庭が縁で、他のゴールが達成されていくという現象もどんどん起こるのです。

世界観は、ひとりひとり異なります。

異なっていいのです。

そして、家庭像も、当然、異なっていいのです。

たまたまその家庭像が他の誰かと重なることもあるでしょう。

ひとり、いち宇宙。ひとり、いち家庭。

家庭は、ひとりの時もあれば、重なり合って複数人の時もある。

大切なのは、家庭像であり、その実現です。

クリスマス、そして、年末年始と、家族・友人といっしょになる機会が増す方もいらっしゃるでしょう。あるいは、ひとりでゆっくりなさる方もいらっしゃるでしょう。

ぜひ、この機会に、世界観、そして、家庭のゴールを考えてみましょう。

そして、同じように、地域貢献のゴール、国家へのゴール、世界貢献のゴールを考えてみましょう。

ところで、イエス・キリストは実際に存在したと私は思っていますが、聖書の中にどうしても腑におちないところがあります。きっと、キリストは幸せな家庭を築いていたと思うのです。そして、磔になどなっていないと思うのです。愛の世界観を説いた人が、そんな目にあうとは、到底思えません。

メリー・クリスマス!

(参考図書)
ルータイス『アファメーション』フォレスト出版
苫米地英人『言葉が人生を変えるアファメーション』フォレスト出版
苫米地英人『言葉が人生を変えるアファメーション実践ブック』フォレスト出版
苫米地英人『ほんとうはすごい私』講談社