004 コーチングの歴史

前回は、巷にあふれる成功法則・成功メソッドと、ルー・タイスから苫米地英人博士に至るコーチングメソッドと、何が違うのか、説明しました。

では、今回は、コーチングの歴史について、お話しましょう。

まずは、語源からスタート。

コーチングの元となるコーチ(coach)は、もともと馬車を意味する英語です。

つまり、乗客を目的地まで導いてくれる乗り物、それがコーチでした。

それが、大学で後輩の相談や指導を担う役割をもつ先輩役の存在、今でいうチューターのような存在を、コーチと呼びはじめます。

学業のみならず、スポーツなどの分野でコーチという存在がメジャーとなっていきます。

コーチは、教授や監督のように、教える側、大学側、体制側の存在ではなく、徹頭徹尾、教わる側、生徒側、選手側、個人側に立ち、100%彼らの味方である存在でした。

ですから、時と場合によっては、教授・監督・大学・組織の利害とぶつかるのが、コーチでした。

私が最初に経験したコーチも、スポーツにおいてでした。

今でも忘れませんが、私が小学4年生だった1980年9月2日、サッカー少年団に入団して、最初に覚えた言葉が「コーチ」。

それまで、監督とか先生という言葉は知っていましたが、コーチという言葉は使ったことがありませんでした。

試合のことをゲーム、それ以外にも、タッチラインやらコーナーキックやらオフサイドといった横文字の言葉が並び、

サッカーは、当時、まだマイナースポーツで、野球と違って異国の香りがするスポーツでした。

指導者に対して「先生」ではなく「コーチ」と呼ぶのは、お父さんを「パパ」と呼ぶくらい、初めは抵抗がありました。

サッカーというスポーツは、ひとたび試合が始まれば、選手のもの。

ですから、野球の監督と違って、サッカーのコーチのスタンスは影響力はあるものの強制力はない、エレガントな雰囲気があり、独特な感じがしました。

当時、三菱ダイヤモンドサッカーという番組が唯一のサッカーファンの扉ともいうべきテレビ番組で、欧州のサッカーを紹介していました。

私の最初のサッカーコーチであった杉本コーチも、大手企業にお勤めしながらサッカーコーチをしてくだり、世界の香りただよう紳士でした。

今でも感謝しています。

話は、戻りますが、「コーチング」という言葉を、スポーツのみならず、すべての人の能力を生かす分野に押し上げたのがルー・タイスです。

ルー・タイスは、1935年、米国ワシント州シアトル生まれ。

元はアメリカ・シアトルにあるケネディ高校の教師で、フットボールコーチでした。

その彼が、高校教師・フットボールコーチをしながら、生徒の能力をどうのばしていったらいいのか、当時最新の心理学をとりいれ、応用して結果を出していったノウハウを、学生のみならず世界中の人々に広げようと思い立ってプログラムを作り上げたのが、「コーチング」メソッドです。

教育や指導の現場は、指導者の経験とカンで行われていました。指導の現場で理論化されていなかったものを理論化し実践したので、圧倒的な結果が出続けます。

西海岸を中心に、フォーチュン500社のなんと62%が取り入れ、企業のみならずNASAや国防総省、教育機関もとりいれていきます。
また、ルー・タイスのメソッドの正しさを証明する調査結果としては、ハーバードビジネススクールでの207社の企業に対する10年間の追跡調査の結果、抑圧的・強制的な企業カルチャーと、自発的やりたいことだけやる企業カルチャーでは、純利益が750倍違うというデータが出ています。

1970年代のアメリカといえば、ベトナム戦争の泥沼にはまった時期であり、一方自動車産業をはじめとした製造業分野では、日本製品に押されはじめた時期です。

それが、1980年代、西海岸を中心に新たなイノベーションを起き、自由な企業カルチャーを生み出しながら、現代につながります。
シアトル、西海岸といえば、スターバックス、アマゾン、グーグル、マイクロソフトといった、それまで存在していなかった企業名が浮かぶでしょう。

1990年代に、「コーチング」「コーチ」「潜在意識活用」といった言葉は一気にメジャーになっていき、様々なカリスマコーチがメディアに登場します。彼らの多くは、その「コーチング」のルーツについて語りませんが、元を辿ればルー・タイスに行き着きます。

ルー自身は、彼のプログラムを、当時の最新の科学をとりこみながら、進化させていきます。そして、「私は成功してしまったがゆえに、スコトマができてしまい、自分のプログラムを修正できなくなっている。新たな視点で見直してほしい」と要請をうけ、ルー・タイスのコーチングメソッドに2008年から参加し、TPIE,PX2,タイスコーチングプログラムといったプログラム制作を監修されたのが苫米地英人博士です。

2012年4月にルー・タイスが亡くなってからは、苫米地英人博士が事実上の後継者として、その活動を継承し、今日にいたっています。

その、最新コーチング理論が盛り込まれているのが、苫米地式コーチングなのです。

コーチングのスタートアップにつづく

003 成功法則とコーチング

こんにちは!

前回のブログでは、不満はエネルギーを生む大切な情動だ、ということをお話しました。

不満のエネルギーの向ける先がとても重要です。

そして、そのエネルギーの向ける先は、物理空間のモノに対してならば、かわりのモノへと取り替えるエネルギーとして使えばいいし、

情報空間に対する不満であれば、満足する情報空間へと書き換えるエネルギーとして使えばいい、というところまでお話しました。

ところで、

成功法則、成功メソッドという言葉が、本屋にあふれています。

特に、時代の変わり目には、こうした「成功ブーム」が巻き起こります。

ただし、「成功」という言葉については一度自分の頭で定義しておく必要があります。

というのも、「成功」という言葉は、非常に使いかってのよい、カッコいい言葉なのですが、言葉の中身を認識しないで語る人があまりに多いからです。

これは、大前提となりますが、もし、成功を「不満を解消した満足な情報状態」と定義するならば、

成功は、成功を設定した本人の頭の中で、不満な状態を満足な状態に書き換えた時に生まれます。

ということは、成功者とは、自分で不満を意識化し、それを元に自分で満足な状態を描き出し、そしてその満足な状態を作り出した人ということができます。

当然ながら、情報空間への認識は、人、もっというとそれぞれの人のマインドによって異なります。

あなたの満足した状態を定義するのは、あなたの情報空間を取り扱うあなたの心、マインドなのです。

とすると、「他人が定義した成功では、自分のマインドは満足しない」ことは確かなことです。

そして、成功を定義するためにも、定義した成功に至るためにも、あなたは、自分のマインドの機能について知っておく必要があります。

では、世の中にあふれる成功本は、成功をどう定義しているのでしょうか。

本屋にあふれる成功本をたどっていくと、あることに気がつきます。

著者が、はっきりと記述しているかしていないかはともかく、あらかじめ「オレの成功」をあたりまのように成功の定義とし、それを前提にして話をすすめているのです。

その源流は、19世紀アメリカにあります。

アメリカというのは、ヨーロッパ大陸で物理的に貧しく不満をもった人々が、物理的に豊かな資本家になることを夢見て、だだっぴろい荒野の大陸にわざわざ渡ってきた人々がつくった国です。

そして、「労働者から出発し大資本家になり、富を手に入れ富の分配者となる」というのが、いわゆる「アメリカン・ドリーム」です。

乱暴な言い方をすれば、アメリカとは、不満と満足の定義がある程度同じ人々の集合体だったのです。

こうした、他人の定義した成功は、あなたが求める成功でしょうか?

さて、時代は20世紀後半にはいり、科学の進歩のおかげで、脳と心のカラクリがどんどんわかりはじめました。

そうした中で、脳と心のカラクリを、人間のマインドの使い方のメソッドに取り入れて続けたのが、ルー・タイスメソッド、コーチング技術です。

当然、成功の定義の押し付けはありません。

自分自身でゴール設定する、そこからスタートします。

人はひとりひとり、マインドが異なります。

自分でゴールを設定しないと、人は自分の不満を満足に変えられないのです。

そして、自分でゴールを設定しないと、マインドは、情報空間、そして情報空間にぶら下がる物理空間の認識すらできません。

認識できない状態で、満足のための手段・方法が見つかるわけがありません。

ルー・タイスから苫米地英人博士へと至るコーチング技術は、徹頭徹尾、科学的根拠をもった脳の情報空間の扱い方が埋め込まれています。

ここが、それまでの、成功者といわれる人の体験を集めた成功本と、本質的に異なるところです。

最高最強の成功メソッドといわれる所以です。

コーチングの歴史につづく

002 不満は大切

こんにちは!

前回のブログでは、「悩み・不安・不満」といった問題解決についてお話しました。

結論からいえば、「悩み・不安」は、マインドの使い方が上手になると、消えてなくなります。

しかし、不満はなくなりませんし、なくす必要もありません。

今回は、その理由について説明しましょう。

「不満(とても満足とは程遠い状態)」という言葉に対し、いい感情が沸きたつ人は多くはないでしょう。

しかし、人間の行動にとって、不満はとても大切な情動なのです。

というのも、この「不満」という情動は、エネルギーをうみだす源だからです。

ひと昔前になりますが、日本人の多くは、「ごはんは残してはならない」ときつく言い育てられてきました。

私もそうでした。

家庭でもそうでしたが、学校の給食でもそうでした。

好き嫌いは許されず、食べ終わるまで席を立つことを許してもらえず、無理やり口に押し込んだ記憶があります。

特に、料理に対して「美味しくない」と言うことは許されませんでした。

おかげさまで、私の母の料理や給食が変わることも美味しくなることもありませんでした。

食事への不満を口に出すことがはばかられる、という人は多いのではないでしょうか。

食事ですらそうなら、たとえば先生への不満、上司への不満を直接口にする、ということはありえないことでしょう。

こうした習慣や教育が強化されると、「不満は我慢するもの」というマインドが形成されていってしまいます。

では、不満は我慢できるものなのでしょうか。

答えは、NOです。

不満は一時的には我慢できても、必ずどこかで噴出します。

それは、食べたら出る、排泄のようなものです。

場合によっては、病気というカタチで物理的に、体に出ます。
場合によっては、暴力や破壊活動というカタチ(行動)で物理的に、体にでます。

不満は、基本的に、我慢してはならないのです。

では、どうしたらよいのでしょうか。

物理的なものに対する不満解消の答えはシンプルです。

物理的なものごとへの不満であれば、満足するものに物理的にとりかえて解決してしまえばいいのです。

たとえば、満員電車による通勤が不満なのであれば、

車で通勤するとか、

徒歩で通勤できるところに引っ越せばいいでしょう。

自分の親の料理に対して不満ならば、

親にかわって、おいしい料理を用意するか、おいしい料理をつくってくれるところをみつけて食事をとればいいでしょう。

今の家が不満ならば、不満なところを直すか、満足する家に引っ越せばいいだけです。

その際、

電車通勤から車に変えたり、

料理をつくったり、

家を引っ越すには、

それなりにエネルギーが必要です。

そのときに使うエネルギーは、「どうしても、現状はいやだ」という不満エネルギーです。

大切なことは、「そのエネルギーを無駄遣いしない」 ということだけです。

たとえば、

満員電車が不満だからといって電車の中であばれたり、

まずい料理への不満を作り手にぶちまけたり、

せまくてちらかっている家への不満を家の中のだれかにあたったりしないことです。

そうしたからといって、

電車の居心地がよくなるわけではありませんし、

料理がおいしくなるわけではありませんし、

家がすっきりして広くなるわけではありません。

たいていは、逆で、

電車はさらに居心地悪くなり、

料理人はへそをまげるでしょうし、

家の中はさらに険悪なことになります。

不満のあるモノは、不満のないモノにとりかえる、修正する。

不満エネルギーはそのために使えばいいのです。

さて、物理的なものは、それでいいのですが、

では、情報空間における不満はどうしたらいいのでしょうか。

たとえば、どうしてもいい点数がとれない苦手科目がある。

それが不満でしかたがない、といった場合などです。

もちろん、わざわざ低い点数で我慢する必要はありません。

低い点数を頑張って維持して我慢しつづけても、いいことはひとつもないでしょう。

かといって、いい点数に数字だけとりかえても(つまり点数だけ書き換えても)、ばれたらさらに怒られるだけです。

つまり、情報空間に対する不満の場合、

安易に物理上で書き換えても何の解決にもならないのです。

では、どうすればいいのでしょうか。

答えは、情報空間に対する不満は、別の満足する情報空間に書き換えればいい、ということです。

情報空間をとりかえる、書き換えるのです。

(「とりかえる」は、物理的なものにつかう日本語ですので、ここでは「書き換える」と表現します)

前回もお話しましたが、情報空間をとりあつかうのが、心、思考、つまりマインドです。

つまり、マインドのしくみ、そして使い方をマスターすることで、情報空間の書き換えが上手になっていきます。

では、その技術は、どこにあるのでしょうか。

次回は、いよいよ、マインドのしくみを徹底的に活用した技術「コーチング」の成り立ちについてお話します。

003 「成功法則とコーチング」につづく