教育・学習のゴール
   

「入学試験のために勉強」
「資格取得のために勉強」

これを教育・学習のゴールに設定しがちです。

しかし、厳密にいえば、これは教育:学習のゴールにはあてはまりません。

教育・学習のゴールは大切です。

なぜ、教育・学習のゴールは大切なのでしょうか。

一つの答えは、知識を得るためです。
人間は、知識なしには、あらゆる可能性を見ることができないからです。
知識を得ようとしない脳は、運動をしない肉体と同じでなまってしまうからです。

何も見えない状態で何かをするのは、危険です。
自ずと、人は、その何かをやめます。あきらめます。
知識がないことで、可能性が狭められてしまうのです。

あなたの仕事における可能性。
趣味における可能性。
健康における可能性。
お金持ちになる可能性。
家庭生活を築く可能性。
地域貢献の可能性。
等々。

その第一歩、きっかけは、
知りたくて知りたくて仕方がないことを知る。
学びたくて学びたくて仕方がないことを学ぶ。
教わりたくて、教わりたくて仕方がないことを教わる。

これが、大切です。

そして、
知った自分
学んだ自分
教わった自分を
漠然とでもいいので、イメージするのです。

何かが変わりましたか?

何かの役に立つ必要はありません。

知りたくて知りたくて仕方がない何かを知り
学びたくて学びたくて仕方がない何かを学び
教わりたくて教わりたくて仕方がない何かを教わったとしたら
あなたはどんな気分でしょうか。

キーワードは「進化」です。

これを知ったら、何かが一歩進むような気がする。
これを学んだら、何か変化したような気がする。

この感覚は、とても重要です。

知識は、どんなゴール分野にも必要です。
その原動力となるのが、
純粋に、知りたい、学びたい、教わりたい何かを持つことです。
そして、夢中になって、知り、学び、教わるのです。

自ずと、他のゴールの知識も見えるようになってきます。

教育とイベント
   

教育と学習は何が違うのでしょうか。

教育は、先生が「教え育てる」,先生に「教わり育つ」という先生と生徒の相互関係性をさし、

学習は、生徒が何か対象を「学び習う」という何かと生徒の関係性をさします。

能力開発を捉える視点としての主体と客体が異なるわけです。

ただし、どちらも、誰の利益のために行うのか、という点では一致します。

もちろん、生徒のためのです。

ところで、イベントは誰のためにあるのでしょうか。

出演者のため、といいたいところですが、

観客に傾いたり

主催者・出資者に傾いたりしがちです。

得に、オリンピックのようにエスカレートしたイベントは、要注意です。

少なくとも、イベントのために教育や学習があるのではありません。

自分の学習のゴールの中で、他人の視点が入ってきたら、要注意です。

学習のゴールになんらかのイベントを盛り込むことは、OKですが、

他人のため、という要素は不要です。

学習は、自分のためにするものです。

他人のためにするもの、それは、仕事です。

さて、

オリンピックは選手の学習の成果を発表する場でしょうか?

それとも、選手の仕事の場なのでしょうか?

足元を診る 敬人養生法
   

何度か動画でとりあげていますが、

足の話です。

足を見ると、その人の健康状態が、だいたい見て取れます。

足に気を配ると、

なぜか、健康が改善されます。

ぜひ、足元を診る習慣をつけましょう。